October 19, 2004
そろそろこのアタマなんとかしなくては
なんとかしなくてはと、
やはり中味を少しずつでも放出しないと
きっとなんともならないであろうと、
して、
今になって何をやっているかというと
今年録画したF1のビデオをかき集めて
その中からヨーロッパGPのビデオを探し出して
それを流しながらコレを書いているという所。
なんでヨーロッパGPかというと、
日本GPのビデオは先週だけで
スカパーとフジTV地上波あわせて7回くらい見てしまって
(といっても流しながら寝るの日々で
何となく未だにちゃんとクマなく見てはいないような)
見れば見るほど我々(未だにノーミソ鈴鹿なナカマ)と
琢磨本人の悔しさに
いてもたってもいられない気分になって
2002、2003の鈴鹿のビデオまで見てしまって
さらに一つ前の上海のビデオまで見てしまって
なお納まらずに何か過去からの癒しを求めて
とはいえなんであのU.S.GPでないのかというと、
あれはもう多分20回くらい見てしまったので
他にもシアワセな気分だったGPといえば?
となると、エンジンブロウしてしまったとはいえ
U.S.以前のベストパフォーマンスであったのは
間違い無くこのヨーロッパGPであろうと思い、
それにしてもヨーロッパGPニュルブルクリンクの決勝前の雰囲気は
表彰台どころかあわよくば初優勝か!?!?
といった盛りあがりようで、
その後日本GPまでの流れを既に知っていて見ると
やはり何と言うか、これ見て癒しになるのかどうか。
それでさ、
癒されてどうするよ。何をそんなにイタんでいるよ。
2004年F1日本GPは
佐藤琢磨に始まり、佐藤琢磨に終わった。
シュー兄弟のワンツーと
ジェンソンがまたもやポディウムのはしっこをかすめ取って行きやがった、
といったことすら、
ある程度F1を好きで見ている人でない限り
「へーそうだったんだ」といった話題に過ぎなかったりするわけだ。
「佐藤琢磨、4位だったんだ、ふーん」というのが
世間一般の認識のようだ。
今年の鈴鹿はタイフーでえらいことになったというのは
多くの方もご存知の通りであるが、
実際その前にタクマタクマタクマ祭による異常さがあった事を
どうかご理解頂きたい。
木曜未明の3時に鈴鹿に入って駐車場がもう満杯なんて
そんな、カンベンしてくださいな。
と、何だか苦情や不平を申し上げているようでありますが、
ここからいきなり敬語になりますが、
実をいいますと、実になんというか、
この異様な事態が実際は妙に嬉しかったというのが
本当の所でございます。
91年、初めて鈴鹿に行った時、
その年の日本GPは
セナVSマンセルのタイトル争いの天王山であると同時に
中嶋悟選手の鈴鹿ラストランでもあり、
二つの大きな意味によってやはり尋常でない盛りあがりとなっていた。
セナとマンセルの話はいつかまた触れるとして、
この中嶋さんへの大観衆の想いというのは
それはもう、これを一人の人物が受けとめるのかと思うと
何やら残酷ですらあるように感じられた。
今年の琢磨への大声援たるや、
あの91年の中嶋さんに対するものに匹敵するか
あるいはそれを上回るのではないかと思われる凄まじさであった。
91年の中嶋さんはなにやら悲壮感が漂うほどに
この声援に応えなければならないという使命に
痛々しい風情をかもしだしていたように思う。
実際、今年の日本GPが開幕するまで
ここまでの状況に琢磨がどのように対応出来るのか
ふとそんな91年の中嶋さんを思い出して
やや心配していた所があった、
が、あの琢磨くんたらば、なんというか
非常に普通であった。ので、ちょっとたまげた。
いやホント、スカパーで見てきた琢磨選手と
全くおんなじ状態の人物がそこにはいた。
全くおんなじといっても
これは今年、メルボルンの開幕戦から前回の上海までに
驚くまでの成長を見せてくれた
その延長線上の琢磨というほうがより正確かもしれない。
今年、琢磨が表彰台にのる場面を
あるいはチャンスがあれば初優勝のシーンを
鈴鹿で見られるかもしれない!
といった思いを抱いた人々を
鈴鹿にこんなヤマ沢山に集めてしまった彼であるが、
もしかしたら序盤でリタイア…なんてことが
絶対ありえないとは言えないのがF1であるのは
もうやんなっちゃうくらいに見てきておりますゆえ、
私は今回の鈴鹿で
一年ぶりにナマ見せてもらえる琢磨の走りが
どれだけタクマしいものになったかを
この目で確認できれば
それできっと充分だと、どこかで思うようにしていた。
(いや、そりゃさ。
表彰台については現実に可能性ありました。期待しました。
状況によっては初勝利だって、決して望めないわけではないと
思ってはおりました。
決勝後はけっこうムクれておりました。
というのを実際何人もの方に目撃されてもおります。
とはいえ、上記のように、
この一年で琢磨がどんな風に変わってきたのか
とにかくこの目で見たかったというのも
ウソじゃないんです。ないんですよ、信じて。)
はたしてそれは、
それはそれはもう、
充分を通り越してでんぐりがえりそうになるくらいに
確かに昨年より遥かに強くなって帰ってきた琢磨がそこにいた。
レースを見終わってしばらくは
そりゃもう琢磨選手本人とほとんどの人は同じ思いで
「悔しいな…」であったことは確かである。
ただ、帰ってきてから1週間が過ぎ、
その間に昨年、一昨年の鈴鹿のビデオを見なおしてみたりした時、
今年の琢磨がいかに強くなってくれていたかが
さらに強烈に鮮明に確かめる事ができた。
2002年、シーズン中の不運の暗雲から抜け出して
はじける様にハツラツと走りまわる琢磨を見て、
何だかとんでもない事の始まりを感じていた。
2003年、突然の鈴鹿出走が天から降ってきて
シューマッハの鼻を踏んづけたり
ジャガーを容赦なくオーバーテイクしていったりと
一年ぶりのレースに没頭する、仕事人の琢磨を見て、
翌年からの物語に思いを馳せていた。
そして2004年の琢磨である。
02、03の鈴鹿のビデオはかなりのお気に入りであったが、
今年の鈴鹿の後でこれを見ていると
解説陣の皆さんの琢磨に対してのコメントなどに
そんな程度の事で琢磨を誉めたりして失礼な、と感じられてしまって、
あぁ琢磨はこんなにも進化したんだ、という実感に
何だか妙な感動があった。
セナを見ていた時、
ホントにこの人についてって大丈夫だろうか
という自問自答を繰り返しながら
おっかなびっくりな感じで
とはいえひっぱられてっちゃってしょうがない不思議な力に
結局あらがいきれずに、
まぁ最後はエライ目にあってしまったが、
セナという人には今でも本当に感謝している。
本当についていって大丈夫か?というのは
少なくとも平凡な人物ではなかったので
この人本当は真性のヘンな人だったらどうしよう、
といった懐疑も微妙に残しつつ、といった所があったのである。
この言い方だとおおいに誤解を招きそうなので補足すると、
セナが生きて走っていた時代を知ってる人は
誰でも記憶しているように、
セナの走りというのは狂気と紙一重のような所があった。
そしてそれが例えようもなく魅力的であった。
そうかと思うとマシンを降りた後の言動といえば
時に周りに対してバリバリにバリケードを張り巡らしてしまったり、
あるいは時に危なっかしく感じられるほどに純真でポジティブな言葉を
子供の様な目で懸命に伝え様としたりもしていた。
総じてワタシ個人としては「不思議な人だ」という印象を持っていた。
琢磨に対しては若干状況は異なる。
セナと違って同国人である事もあって、真性のヘンな人でない事は
セナよりはラクに見極められるが、ココはそんなハナシでなくて、
いつのまにかこれだけの思いを託してしまっている今、
何だかもう後戻り出来ない所に踏みこんでしまっているらしい自覚を
ついに認めざるを得ないような気配になってきており、
本当についていって大丈夫なの?琢磨さん。
頼むからホショーしてくれ!ホショー!頼むから!と。
ホショーには二つ意味があるな、今考えると。
まずは
セナとかシューマッハになってくれというのでなく、
佐藤琢磨が望む佐藤琢磨になってくれというハナシ。
もう一つはそんなもん、いちいち書くハナシではない。
セナと琢磨を並べて語るなんて
そんなムチャなと、自分でも思う所はある。
(ハ、今の段階ではね。ハハ。)
ただ、ひっぱられ方が、なんかもう、同じ。
改めて思う。
中嶋さんから見てきて、とうとうこんな日本のドライバーが現われたという事。
そして
セナを失ってから10年、
こんなに迷惑なくらいのひっぱり方をしてくれるF1ドライバーが
現われてくれたという事。
両方の意味で、
だからもう、本当に待ってたんだってば、
アナタのようなレーシングドライバーが現われるのを、
お願いしますよ、琢磨さん。
と、こういった結論に至ることになった
今年、2004年のF1日本GPであった。
追伸、すずヒメは元気です。